大村智(イベルメクチン開発者)のノーベル賞受賞理由は?出身高校と妻や子供も気になる!

あっという間に世界中に感染が拡大した新型コロナウィルス。

また特効薬は見つかっておらず、世界中の研究機関がどんな薬が効果があるのかを日々模索しています。

日本では抗ウィルス薬のアビガンに効果があると注目されていますが、4月5日オーストラリアの大学が
寄生虫の薬である「イベルメクチン」が効果があると発表しました。

この「イベルメクチン」を開発したのは日本人でノーベル賞を受賞した大村智氏です。

この記事では、大村智氏のノーベル賞受賞理由と、出身高校子どもについてまとめました。

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「イベルメクチン」とはどんな薬?

新型コロナウイルスの感染が世界に広がるなか、オーストラリアの大学が4日、アタマジラミ症などの寄生虫感染症の治療薬「イベルメクチン」が、新型コロナウイルスの抑制に効果があったと発表しました。

 これは、オーストラリア南東部メルボルンのモナッシュ大学の研究チームが発表したもので、アタマジラミ症などに使われる抗寄生虫治療薬の「イベルメクチン」が、実験の結果、新型コロナウイルスの抑制に効果があったとしています。

 「1回量のイベルメクチンで新型コロナウイルスの複製を48時間以内に止めることができました」(モナッシュ大学 カイリー・ワーグスタフ博士)
引用元

新型コロナウィルスの特効薬になるかもしれない「イベルメクチン」。
アタマジラミなどの寄生虫による感染症の薬です。

1981年に製品化され販売開始。
当初は家畜の寄生虫の薬をして販売されましたが、人間にも効果があるということがわかりました。

オーストラリアで30年以上使用されており、3億人以上の人々を救ってきた薬です。
たくさんの人々を救った薬を開発したのが大村智氏なんですね!

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大村智氏のプロフィール

大村智(おおむら さとし)

PROFILE
生年月日:1935年7月12日生
年齢:86歳(2020年)
出身:山梨県
代表的な顕彰:ノーベル生理学・医学賞(2015)
       紫綬褒章(1992)
       瑞宝重光章(2011)
       文化勲章(2015)
北里大学特別栄誉教授

山梨県で生まれ育った大村智氏は、農業や家畜の世話などの家業が忙しく高校卒業まで勉強はほとんどしたことがなかったそうです。

それでも大学に進学し、卒業後は東京都の都立墨田工業高校定時制高校の教師を勤めることになります。

高校時代はスポーツに熱中して勉強はほとんどしていなかったのに大学に合格したことは、お姉さんもびっくりしたんだとか。

大村智氏によると、山梨県では教師の募集がなく3か所を受けた中で東京都の高校に決まりました。
5年もの間教師を続けていましたが、教師としての力不足と働きながら学ぶ生徒の姿勢に影響を受け、び直すことを決心します。

東京教育大の聴講生になり、東京理科大の大学院に進学し研究の道に進むことに。

大村智氏が教師だったとは驚きですね。
しかも、当時の教え子たちの学ぶ姿勢に触発されて学び直すことが研究に道に入ることになるとは。

何がきっかけになるかわからないものですね。

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大村智氏がノーベル賞を受賞した理由

2015年は2人の日本人がノーベル賞を受賞しています。

大村智氏はノーベル医学生理学賞。
梶田隆章氏はノーベル物理学賞。

当時は大きな話題になりましたね~

大村智氏のノーベル賞の受賞理由は

線虫の寄生によって引き起こされる感染症に対する新たな治療法に関する発見

大村智氏は多くの薬を開発しましたが、その中で億単位の人々を感染症から救った「イベルメクチン」の開発がノーベル賞受賞理由といえます。

大村智氏の学歴歴

大村智氏の学歴についてまとめました。

出身高校は、地元の山梨県の県立韮崎高校です。

高校時代の大村智氏は、卓球とスキー部に所属しスポーツを頑張っていました。
その甲斐があり、部活の主将になり国体にも出場しました。

高校卒業後は山梨大学学芸学部の自然科学科に進学します。

卒業後は、東京で定時制高校の教師を5年勤めた後、もう一度学び直すために東京教育大学の研究生になり、その後東京理科大の大学院に進みます。

その間は教師は辞めずに仕事と学業を両立していました。

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大村智氏の妻と子ども

大村智氏の妻は文子さんで、2000年にガンのため亡くなっています。
ノーベル賞受賞を知った大村智氏が一番最初に伝えたのが亡くなった妻の文子さんでした。

二人が出会ったのは大村智氏が高校教師だった時のお見合いの場でした。

当初、妻の文子さんの実家は大村智氏との結婚に大反対だったそうです。
理由は、研究ばかりしていてお金がないことでした。

ところが妻の文子さんは大村智氏の将来性を信じ、必ず偉い人になるからと実家を説得していました。

最後に文子さんの味方である母親が父親を説得し、二人は結婚することに。

そして1963年に二人は結婚。

大村智氏は28歳、文子さんは23歳の時でした。

文子さんの父親の予想通り、金銭的な苦労は絶えず実家に頼むこともありました。
文子さんが働いて家計を支えたこともあります。

文子さんの中では、大村智氏はノーベル賞を受賞すると確信していたからでした。

妻・文子さん乳がんを発症し、再発を繰り返して60歳という若さでこの世を去ってしまいます。
亡くなる直前にアメリカで行われた米国化学会の受賞式に、ドクターストップを受けながらも同行しました。

着物姿で臨んだ受賞式。
帰国後は空港から病院に直行し、2か月後に帰らぬ人となってしまいました。

「いつか二人でスウェーデンへ」という思いを強く持っていた文子さん。
ドクターストップを受けてもアメリカの授賞式に同行したのは、時間がないと思ったのかもしれません。

そんな二人の間には子どもが一人います。

一人娘の育代さんは大村智氏のノーベル賞の授賞式に同行しました。

着物姿がとてもきれいでしたね!
子どもの育代さんは一般人のため詳しいプロフィールなどは不明です。

毎年3億人という大勢の命を救う薬を開発した大村智氏。

今度は新型コロナウィルスにも効果があるとなると、人類の命を救う最大の功績になるのではないでしょうか。

一日でも早く、「イベルメクチン」の新型コロナウィルスの治療薬になればと思います!

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました☆

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